おばさんの悪口

お風呂に入るには必ず本がいる。お風呂につかりながら本を読むのは至福の時である。特に寒い時。最初にお湯をぬるくしておいて、「寒い」と入りながら、どんどんわかしていく。熱くなるまで30分くらい本が読める。体もちょうどよく温まる。お風呂に持っていく本を「お風呂の友」という。「お風呂の友」が毎日必要な季節になってきた。体が冷える。
今日のお風呂の友は朝日新聞出版の月刊無料販促誌「1冊の本」である。新潮社の「波」岩波書店の「図書」集英社の「青春と読書」などこの手の本は本当は何十円かの値段がついているのだが、少し大きな本屋に行くと店頭に無造作においてあり、フリーで頂くことができる。出版社でその時期おしている勢いのある作家が書いていることが多く、内容はとてもおもしろい。自分の書いた本の紹介や短いエッセイが多いから、おもしろいけど楽に読める。濡れてびちゃびちゃになってもあまり気にならないし、まさしく「お風呂の友」にふさわしい1冊だ。
 いろいろ楽しく読んだのだが、内澤旬子さんの「身体のいいなり」という連載エッセイが一番おもしろかった。内澤さんは「世界屠畜紀行」(解放出版社)という肉として食べられてしまう動物たちの屠殺ルポを、詳しいイラストとともに書いた女性として有名だが、私はきちんと読んではいない。しかしそんなルポをしっかり書ききるような、体と心が座っている女性だという認識はあり、雑誌などのエッセイはいつも共感をもって読めた。今回のエッセイは内澤さんが軽い癌になって、手術して入院した事のことが書かれており、自分にどんな管がついていたかなどと相変わらず現実について克明にしるされているのだが、多分入院という自分のペースが守れない環境でのいらだちが高まっているのだろう、人に干渉したがる同室・同病のおばはんたちとか、婦人科の患者と産科の産婦が一緒にされている病院の制度だとかにことごとく怒っていて、その悪口の吐き出し方が痛快だ。
 入院費のこともとても気になっていて「万を超える金額の仕事に見積もりはおろか事前の了解をとらないとは、なんて良い商売なんだろう」と医者について吐き捨てているのが笑った。俺も入院についてはいろいろあって、同室のおばはんたちなどは怒るより笑っちゃう感じがあったのだが、費用については、その気持ちはつくづくわかる。
 内澤さんがおばさんかどうかわからないが、一般的におばさんの悪口はとてもおもしろい。男の悪口っていうのはちょっときけない感じがあるのだが、(そして男は表だってあまり楽しく悪口をいわない)女の意地悪じゃない、本当の怒りやあきれからきた悪口は胸がすっとすることが多い。「もうどうしようもないわね!」って感じの。「馬鹿みたい。本当に」って感じの。似合う人と似合わない人がいる。内澤さんのエッセイのあとに金井美恵子さんがでてきて、金井さんも悪口がとても似合う人だ。酒井法子を取り囲むマスコミの男たちについて「自分の職業の成立する理由も考えないで、ほんとうに卑しい奴等である」とばっさりやっている。あとヒロポン覚せい剤―について国がとっている態度についても馬鹿馬鹿しいという態度だ。今は「人間やめますか」とかいっていたが、俺が生まれた昭和30年代くらいは、それは「ヒロポン」と呼ばれ元気の出る薬として普通に薬局にうっていたりしたはずだ。国家がそれをある時期はそれを奨励していたとも聞く。そう云う事を「馬鹿みたい。どうなってるの」と正面きってばっさりやれるおばさん力がさまざまな人にもっとあってもいいと感じる。
 俺にとっての偉大な悪口オバのひとり佐野洋子さんの新刊の広告が最後のほうの頁にでていた「やっと読める佐野洋子のズタズタ恋愛小説」とある。興味しんしん。