路上で本を売る

道に倒れて誰かの名を呼んだことはないのだが、それはさておきこないだ路上で本を売ったのだった。我が師匠「野宿野郎」編集長のかとうちあきさん(妙齢の女性)とリトルプレス界のプリンス「恋と童貞」編集長の小野和哉さん(妙齢の童貞)が、横浜・六角橋商店街の夜8時からの闇市で自作品を売るというので「俺も!俺も!」と無理やり参加したのだった。最初はささやかに応援団をするつもりでいたのだが、日が近づくにつれ俺も自作が売りたくなってきた。10冊しかないと思っていた在庫が12冊あることを発見し、「おおー」と5冊もちこむことにした。ついでに家や実家に累々と倒れ伏している古本達も売ってしまうことにしたのだった。
 ところでみなさんが路上で古本を売るとしてどういうかたちを考えるだろうか。売り場はおよそ一畳ときめられており、まあ基本的なかたちとしては段ボールをおいてそこに本をつめるという「一箱古本市」スタイルがあると思う。とりあえず段ボールは必要だろう、と2箱もちこむことにした。うちは夫婦ともに本屋勤務が長かったので(某夫はまだ勤めている)自慢じゃないが段ボール在庫は豊富だ。栗田・日販・大坂屋の各種取次の段ボールが家にごろごろしているのだ。もはやインテリアの一部として溶け込んでいるその3種の段ボールをみつめていると長い書店員人生の血と汗が染み込んでいるようで涙を禁じえない。今回は大坂屋の段ボールをチョイス。大きさが一番好きなのだ。自宅から東横線白楽駅まで電車でもってくのは結構大変であった。そんで六角橋商店街の古本屋・猫企画さんの前を通ったら「おお、大坂屋!」と猫企画旦那にほめてもらえたのだった・・。猫企画旦那もみためはあんなだけど(どんなだ!)実は京都のあの有名書店や全国区のあの有名書店に勤めていたこともあるんだぞ!お互いの汗と涙を思い出して(うんうん)と無言でうなづいた俺ら。そして俺は俺らのなわばりに段ボールをおくのだった。

ここで「本と酒と俺」の俺。「恋と童貞」のプリンス小野ちゃん。「野宿野郎」かとう師匠の並べ方を比較してみたい。俺はなんかやっぱ本屋的並べにこだわるのだった。段ボールをガムテで補強して逆さにおいて平積みの平台をつくったのだった。そんできれいに並べる。「本と酒と俺」島と「恋と童貞」島でふたつ。中心には俺らの雑誌をおきまわりに関連古本をおく。そんで猫企画さんにもらった小さな段ボールに文庫などを今度はつめておく。「おおー本屋ではないか!」と俺は自分で自分に感動したのだった。今回は頑張って古本はビニールパックしPOPもつけた。「酒本」「童貞本」「野宿本」と分野もわけ、まあそれは状態の汚さをごまかすこともあったのだったが、意外にまめな「自分発見」をしたのであった。それに対して小野ちゃんは古本に価格もつけてないのだった。
「えーどうすんの!」ときくと「まあ、あっちの言い値でいいですよ。いくらでもいいんです」なぜかふてくされた表情でうそぶいているのだった。単にずぼらともいえるし、「売る」ということが恥ずかしいのかもしれないと思う。そこに童貞を守る秘密があるのかとも思う。そんで本を並べたらどっかにいっちゃったのであった。意外なことに開店してすぐお客様が足をとめてくださる。そして最初のお客様は俺のきれいにかざった本には目もくれず小野ちゃんの、何か忘れたけど遠藤ミチロウとかロック野郎たちが表紙に並ぶ本を手にとるのだった。
「これいくらですか?」
だ、だから値段つけとけっていったのにー!!!パニクる俺。本来の値段をみると2千数百円の意外に高い値段がついていたので(えーっと・・千円くらい??)と思う。
「い・・いま・・この本だした人がいないんですよ。そんで値段つけてなくて・・」ともごもごいってるうちにプリンスが帰ってきたのだった。そんでひと言。
「あ、50円でいいっすよ」
ええー!!と驚く俺とお客様。
「そ、それはいくらなんでも」とおっしゃるお客様。
するとプリンスは続けて「あ、じゃあ500円で」。
こ・・こんな交渉があるのだろうか・・交渉というかもはや童貞天然としか思えないこのやりとり・・そしたらお客様「いいんですかー」と喜んでいるのだった・・交渉成立・・小野さんってさあ、前からよくわかんないと思ってたけどますますわかんないよ。
 
 そこに遅れてかとうちあきさんが到着したのだった。かとうさんは路上販売初体験の俺や小野さんと違い経験も豊富だ。その日も昼間谷中あたりで販売していて、当日は路上販売のはしごなのである。でもでも、もう我々のディスプレーがいっぱいでかとうさんの場所がないのだった。「あーどうしよー」と俺が困惑してると「だいじょぶだいじょぶ」と隣のレジャーシートすらひいてない道端に直接本を並べるかとうさん・・。「ええ!ええ!」と驚く俺をよそになぜかお客様も自然にすぐよってくるのだった・・。笑ってそのまま道に座り込む師匠に俺は脱帽したのだった・・しかも師匠はなぜかもう酔っているのだった・・
道に直接おかれたはっきりいって汚い本を熱心に選んでいる路上の客たちよ・・これこそが路上販売だったのだ!そして「かとうさん、かとうさん、俺何か敷くもの買ってきますよ!」はりきる小野プリンスが数分後もってきたものはなぜかゴミ袋だった・・「わーい、ありがと!」とにっこりする野宿姫・・俺の本屋魂なんてとても、ちゃっちいものだったのだ・・こうして衝撃の闇市本屋がスタートしたのだった・・。
 
ところで六角橋商店街は古きよきヨコハマがしのばれるしぶい由緒ある商店街なのだ。メインストリートの裏に車が通れない本当の市場通りがあり、そこに「闇市」としてたくさんの店が並ぶ。ビール立ち売りやつまめるものも売ってるし、中央には居酒屋もある!この5月を皮切りに8月以外の第3週目の土曜の夜に10月まで開催されるのだ。近所の花屋さんがたくさんまとめ買いしてくれたり、若い弁護士のあんちゃんが新書を買ってくれたり、童貞プリンスをいじりたおすアロハのおしゃれな不良おじさんがいたり、客筋の楽しいこと!ツイッターでお話だけしていたフォロワーさんもわざわざおふたりもきて頂き、緊張するやら感動するやらの俺であった・・。思えば六角橋は高校生から俺の憧れの土地だった。俺の通った県立高校は横浜とは名ばかりの北部の新興住宅地(うちの実家のすぐ近所)にあったのだが、クラスメートや先輩で、ちょっと不良っぽい本当のハマッ子たちが何人かいて彼らの多くはこの六角橋付近から通ってきていた。当時はやっていた長いスカート、細い眉の化粧、禁止されていてもつらぬいたパーマやリーゼント・・それらはみんな六角橋からきた。鞄をぱんぱんにふくらませていた、ださい女生徒の俺には彼らは憧れの星だった。特に同級生のとびきり美人の泉ちゃんがすきでした。泉ちゃんも俺をかわいがってくれた。あまりにもださいのでおもしろがってくれたのだった。泉ちゃんは今どこにいるのだろう。もしかしてこの闇市を歩いたりしてるんだろうか。路上で売ってるちぢみで手をべたべたにして、綿あめをつまみにビールをあおりながら俺の名前を呼んで走り寄ってきてくれないだろうか。そんな夢をみられる横浜・六角橋商店街。またくるぞー。
 
というわけで、「野宿野郎」をホームレス雑誌だと深く思いこんでえんえんと話し込む(でも絶対買わない)おじさんをしり目に店じまいし、俺らの約2時間のショップは終わりをつげた。2時間のわりにはたくさん本が売れ、かとうさんが200円の値をつけたいんちきヌーブラも売れ、それぞれの自分本は完売し、いくばくかのおこづかいを得て満足した3人でした。(少なくとも俺は。)ご来店のみなさま本当にありがとうございました。またいつかお会いしたいです。そんで出店料はたったの1000円なので、皆さまにもぜひ出店をおすすめしたいです。この闇市を15年しきってきたというエライおじさまにもお会いすることができ、もしかして何か企画が広がるかもしれないという噂もあります。エラいおじさまはいきなり「恋と童貞」小野さんに「あのね、風俗嬢と童貞コンパ対談企画やらない?俺いろいろコネあんのよ」とすごいかましをぶちあげるナイスさであった・・おびえていたようにみえたが、小野さんはうけてたつのだろうか・・柱のかげからみてみたい。
 
<おまけ情報>
あと意外にうちらの店が盛況だったのは、路上にたつ男性客を魅惑する、胸を大きくあけたかとうさんのコスチュームに要因があったという噂もあります。小野さんは「あの胸で8割がたお客がきました」と頬を紅潮させて断言していた・・。ずっとみてたらしい・・「おい、童貞!あのおっぱい大きい姉ちゃんになんとかしてもらえ!」っていってたお客様もいたしな・・実際に道にたってかとうさんをみて俺は驚愕したのだったが、(立ってみおろせないとわからないしかけ。絶妙に谷間がみえる)あれがテクならリトルプレスだけではなく女道でも師匠とよばなくてはいけない・・かとうちあきさん・・一生ついていきます・・。あとアイスとビールありがとうございました・・今回は緊張であまりぐいぐい呑む余裕がなかった俺だったが次回は一升瓶ラッパ呑みのパフォーマンスしたいです・・。

古本&マッサージ店「猫企画」店内こたつで酒を呑む小野プリンスと「猫企画」ご夫婦。