これからは歩く人生


 
春のぽわんとした光と風の中を歩いてみた。近所の川べりをどんどんゆく。サイクリングロードと名されていた道は、たくさんのジョガーや自転車野郎や自転車婦人もいく。どんどんどんどんぬかされて、本当はとぼとぼと歩く。歩いて5分で伴歩者が「休憩!」という。ワインの缶3本とチーズを持たせているので。多分重い。しかし無視して歩き続ける。川を覗きこみながらいくと菜の花があちこちに咲いている。空の青、散らばる花の色、川の音、そんなものが身体にしみいるようだ。ああ、そんな年ごろなんだな。生きるのが切ないんだ。若いときは景色なんてみちゃいなかった。空が青かろうが白かろうが、風がふいていようが雨がふっていようが、どうでもよかったんだ。野菜の味もわからず、ただただ恋や作られた音や映像や活字をおいかけていた。主に恋だ。圧倒的に恋をおいかけていた。なんだったんだろう。ケモノだから発情してあちこち走り回っていたんだ。今はおとなしいもんだ。そして風や光や色をありがたいと思う。生きることがただ切ないんだ。

 風が強い。この風を怖がってこのへんから逃げる人もいる。しかしもう発情期は終わったので俺らはびくともしないで笑いながら歩くんだ。これから恋をする人たちはこの風をさければよいと思う。でもうちらの娘はその恋を失いたくないから遠くにいきたくないと泣くんだよ。そんなもんだよね。人はホームを離れたくないんだ。暴力的にホームを失ってしまったたくさんの人を思う。だからいっそう切ないんだ。とりあえず自分なりに遅くてもどんどんどんどん歩く。春の中を歩くんだ。歩けるうちに。

 30分歩いていよいよワインタイムだ。川べりの階段にすわる。もんしろちょうがたくさん飛んでいる。オーストラリアからきたワインの缶をあける。
 「うーん。まずい」
ワインを缶にいれちゃだめだよね。なんか苦いんだ。でも酒だからおいしいふりをしなくちゃね。俺はロゼ 伴歩者は白でカンパイだ。小さな鳥が水辺を歩いて虫をつついている。そこにカラスもよってくる。水は流れている。そういったたくさんの蠢きが愛おしい。酒がまわってきたのかな。まずくても酒はいいなあ。はるばるオーストラリアからきたのだもの。大事に呑んであげたいよね。とくいくい呑む。チーズをかじりながら。


いつまでもいつまでもこうやって黙って座ってられる。俺はどうしちゃったんだろうな。
そんな年ごろなんだな。と川べりで思った。呑んで少し軽くなった荷物をさげてまた歩き出す。でも身体が重くなった。向い風がとたんにきつくなった。
 1時間歩いて「ここはどこ」と川を離れたら、車でほんの10分のところだった。これからは歩く人生だな。と帰る道で思った。でも帰りはバスにのった。空は暮れていく。まずい缶ワインはまだ赤が残ってるから、酔いがさめたらまた夜中あたりに呑もう。窓から夜の風を眺めながら。

そして今呑んでます。